マケドニアの風変わりな映画が、やっぱり一番東京を元気にした ── TIFF 2026 授賞式メモ

2026年11月4日、第39回東京国際映画祭のクロージングセレモニーが、有楽町のヒューリックホール東京で開かれた。コンペティション部門の最高賞、東京グランプリ/東京都知事賞に選ばれたのは、北マケドニアのミルチョ・マンチェフスキ監督による「妹兄とマンホールの蓋」。観客賞はテオドラ・アナ・ミハイ監督の「ヘイゼル85」、最優秀芸術貢献賞はイェレナ・マクシモヴィッチ監督の「今日が終わるまで」が受けた。10月26日から続いた10日間の映画祭は、上映作品204本、動員16万人。この夜、幕を閉じた。

受賞一覧

賞作品受賞者
東京グランプリ/東京都知事賞「妹兄とマンホールの蓋」ミルチョ・マンチェフスキ(監督)
審査委員特別賞「魔法の星図」スン・シュン(監督)
最優秀監督賞「ふたつの自由」リサンドロ・アロンソ
最優秀女優賞「ふたりを結ぶ夜」フー・リン
最優秀男優賞「男ともだち」成田凌
最優秀芸術貢献賞「今日が終わるまで」イェレナ・マクシモヴィッチ(監督)
観客賞「ヘイゼル85」テオドラ・アナ・ミハイ(監督)
アジアの未来 作品賞「シェリフェ」タレク・ダウド(監督)
アジアの未来 スペシャル・メンション「12月のジャニ」アリアニ・ダルマワン(監督)
Nippon Cinema Now 作品賞「シルバー・エクスプレス」田中未来(監督)
Nippon Cinema Now 審査委員賞「いえないふたり」まつむらしんご(監督)
エシカル・フィルム賞「夢から覚めることはそうない」イザベル・シュテーヴァー(監督)
アジア学生映画コンファレンス 作品賞「太陽の下を駆け抜けて」グエン・ブー・ヒエン・チー(監督)
アジア学生映画コンファレンス 審査委員特別賞「すべて順調」/「彼女のすべて」ナー・イーチェン(監督)/キム・ナムヒョン(監督)

授賞式の夜

最後に名前が呼ばれたのは、「妹兄とマンホールの蓋」だった。審査委員長のロルフ・デ・ヒーアは、この作品について「ユーモア、悲劇、ドラマが見事に融合し、登場人物たちに思いやりが示されている。複雑であり、一貫している」と講評した。

ユーモアと悲劇。その両方が、この映画にはたしかにあった。舞台は、北マケドニアの首都スコピエの周縁部。兄ヴィクトルと妹マリナは、国の英雄の銅像やマンホールの蓋を盗んではくず鉄として売り、どうにか食いつないでいる。スコピエでは、政府の都市計画「スコピエ2014」によって、街じゅうに130以上の英雄の銅像や記念碑が建てられた。”ナショナリズムのキッチュ”と批判されてきたその像を、二人はただ溶かして、金に変える。劇中で繰り返される「主は与え、主は奪う」という言葉のとおり、二人は物語の始まりから、すでに”奪われた人たち”として登場する。それでも、どこまでも純粋で、自由だ。監督自身、この作品を「きょうだいの愛と、自己犠牲の映画」と語っている。製作費は100万ユーロ未満、撮影は30日間。6か国の共同製作による小さな映画が、この夜、いちばん上に選ばれた。

マンチェフスキ監督は会場に来ておらず、ステージに上がったのは2人のプロデューサーと出演者だった。プロデューサーのヤネ・チョルトシェフさんは「映画は人生、命です。東京にマンホールカバーを持ってきました」と話し、「この映画を作れるかどうかも分からない状況から、このような賞が取れるなんて、素晴らしい旅路になりました」と続けた。東京に持ってきたマンホールの蓋の代わりに、この賞をマケドニアに持って帰る、と。

監督からは、メッセージの動画が届いた。「TIFFは世界で一番好きな映画祭の一つ」。そう話した監督は、自分の作品を「マケドニアの風変わりな映画」と呼び、共同製作したブルガリアやセルビアのチーム、気温が40度を超えるスコピエで撮影したスタッフに、ひとりずつ感謝を伝えていった。長編デビュー作「ビフォア・ザ・レイン」(1994)でヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を受けた監督だ。前作「カイマック」(2022)も TIFF で上映されている。東京は、この監督にとって、何度も帰ってくる場所なのだと思う。

最優秀芸術貢献賞を受けた「今日が終わるまで」のマクシモヴィッチ監督は、「この受賞は、セルビアの学生にも贈りたい。自由のために戦っている方々へ」と語った。2024年11月、セルビア第2の都市ノヴィサドで駅の庇が崩れ落ち、16人が亡くなった。その怒りから始まった学生たちの運動のさなかの一夜を描いた映画だ。そして、映画祭の会期中の10月25日には議会選挙があり、学生たちの候補者リストが圧勝している。だからこそ、この言葉は、スクリーンの外にまっすぐ届いていくように聞こえた。本作は、編集者として長くキャリアを重ねてきた監督の、長編劇映画デビュー作でもある。

観客賞のミハイ監督は「いつも作品を作るときに、観客に共感してもらうことを考えています」と話し、スタッフや俳優とともに、自分の子どもにも感謝を伝えた。1985年、39人が亡くなったヘイゼル・スタジアムの惨事を、記録映像とドラマを溶けあわせて描いた作品だ。どこまでがドラマで、どこまでが実際の記録映像なのか、わからなくなるほどのリアリティ。観客が選んだのは、まさに”あの日、何が起きたのか”を五感で体験させる映画だった。ミハイ監督にとって、TIFF のコンペティションはこれが3度目の参加になる。

最優秀男優賞の成田凌さんは会場におらず、「男ともだち」の三島有紀子監督が代わりに登壇した。三島監督は、撮影中のエピソードを話した。どうしても雪が降ってほしい場面で、まったく降らない。そこで成田さんが空に向かって「雪降れ!」と言ったら、本当に雪が降ってきたのだという。会場には笑いが広がった。審査委員特別賞の「魔法の星図」のスン・シュン監督は、完成までに10年かかったことを、何度もうれしそうに繰り返していた。

審査委員長を務めたのは、オーストラリアを拠点に活動する映画監督、ロルフ・デ・ヒーア。プロデューサーのアレックス・ローとオ・ジョンワン、俳優の渡辺真起子、カラリストのヨブ・ムーアとともに、15本のコンペティション作品を審査した(本年度審査委員)。総評でデ・ヒーアは、15本がとても多様だったことにふれ、「ディレクターの市山さんが、映画の選定を通して私たちにいたずらやテストをしているようでした」と笑わせた。そして、互いの専門知識をつなげ、互いを尊重しながら答えを出した、と審査をふり返った。

今年の映画祭は、何が違ったのか

今年のテーマは「CONNECT―映画が繋ぐ、その先の世界」。その言葉どおり、今年の東京国際映画祭は、アジアとの距離をぐっと縮めた年だったように思う。

いちばん大きな変化は、新しい部門「CROSSCUT ASIA+」だ。国際交流基金との共催で、日本と東南アジアのプログラマーが一緒に作品を選ぶ(開催概要)。その影響もあって、インドネシアが製作にかかわった作品は、昨年の0本から6本に増えた(公式サイトの作品データから数えた)。コンペティションのガリン・ヌグロホ監督「夜明け前の赤」、アジアの未来部門でワールドプレミアを迎え、この夜スペシャル・メンションを受けたアリアニ・ダルマワン監督の長編デビュー作「12月のジャニ」、そして CROSSCUT ASIA+ の3本。カンボジアの「人間に生まれるなら」も、この部門で上映された。

ほかにも、新しい試みが2つあった。ひとつは、日本映画の部門「Nippon Cinema Now」がコンペティションになり、作品賞と審査委員賞が生まれたこと。この夜、最初の作品賞は田中未来監督の「シルバー・エクスプレス」に贈られ、審査委員は、受賞しなかった「火の玉を見た」「プラスチック・ラブ!」の名前も挙げていた。もうひとつは、女性映画人をたたえる「川喜多かしこ映画文化賞」が創設され、第1回を映画評論家の秦早穂子さんが受けたことだ(HOLLYWOOD REPORTER JAPAN)。

コンペティションの15本のうち、女性監督の作品は4本。昨年の3本から、ひとつ増えた。その4本のうち3本、「ヘイゼル85」「今日が終わるまで」「男ともだち」が、この夜、賞を受けている。

Art by Daisuke Nishimura

わたしが観た作品と、今年の映画祭

今回、Reviews では、TIFF で上映された16本についてコラムを書いた。振り返ってみると、そこに通っていたのは、まさに”つながり”と、それが断たれることの物語だった。

コンペティションで観た3本は、「妹兄とマンホールの蓋」「ヘイゼル85」「今日が終わるまで」。その3本が、そろって賞を受けた。グランプリ、観客賞、最優秀芸術貢献賞。

「妹兄とマンホールの蓋」は、最初のカットから最後のカットまで、一瞬も目が離せなかった。知的な発達に少し遅れのある兄と、その兄を支えながら、自分も自由を夢見る妹マリナ。予定調和がひとつもない構成と、引き込まれる語りの巧さ。”これぞ映画体験だ”と、心の底から思えた作品だ。マリナが踊る姿を見れば、彼女がたくさんの才能と魅力を持って生まれてきたことが、ひと目でわかる。その多くが残酷な運命に奪われていくのだとしても、そこで語られる物語から、目を逸らすことができなかった。風変わりで、笑えて、だけど妹は兄のために、兄は妹のために全てを捧げられる。だからこそ映画の中に生きる一瞬の命たちが、眩しく輝いて見えた。そんな映画が、やっぱり一番、東京を元気にしたのだと思う。

「ヘイゼル85」は、批評家が”16ミリの生々しい撮影”と呼んだ映像と、五感に訴えかけるサウンドデザインに圧倒された。中継を続けながら行方のわからない弟を探すテレビ記者ルカの姿に、”伝えること”と”守ること”のあいだで引き裂かれる人間が見えた。監督は、40年前の出来事でありながら、そこにある”怠慢と操作”というテーマは「とても現代的で、まさに今の問題だ」と語っている。

「今日が終わるまで」で忘れられないのは、最後の場面だ。広い丘陵地を逃げていく、ふたりと一匹の犬。カメラが空高く上がると、誰もいなかったはずの丘に、蟻の行列のように同じ方向へ歩いていくたくさんの人たちが現れる。行列のひとりがふたりの肩を”ぽんっ”とたたく。けれどふたりは、笑ってそれをかわし、列の外にとどまる。授賞式で、監督が「自由のために戦っている方々へ」と語るのを聞きながら、僕はあの丘の上のふたりを思い出していた。

コンペティションの外でも、僕が観た作品が名前を呼ばれた。エシカル・フィルム賞を受けたのは、イザベル・シュテーヴァー監督の「夢から覚めることはそうない」。ロシアの全面侵攻が始まったウクライナで、女性から男性への移行の途中にいるオレフと、恋人オーリャの物語だ。書類上は”男性”になったオレフは、兵役の対象として国を出られなくなる。国境を越えるときだけ、女性に戻せばいい。そう差し出された助言を前に、オレフは最後に、男であることを選ぶ。ドキュメンタリーかと錯覚するほどの距離の近さで撮られた、重く、静かな映画だった。

そして、アジアの未来部門の「12月のジャニ」は、スペシャル・メンションを受けた。手作りのおしゃべりロボットが、家を出たまま帰らない姉の部屋の前で、誰が通っても「お姉ちゃん、おかえり!」と繰り返す。インドネシアのバンドンを舞台に、三世代の女性たちの12月の4日間を描いた101分だ。観終わったあと、”今の僕の心は、こういう映画がほしかったのだ”と気づいた。その映画に、東京で光が当たったことがうれしい。同じ部門で観たイランの「シルバー」も、誰かを本気で守ると決めた少年が、少しだけ大人になる、現代の寓話のような作品だった。

賞とは別に、家族のつながりを描いた作品も多かった。台湾の「虹と踊る」では、母の店のお弁当が、20歳のボクサーと家族をつないでいた。ベトナムの「聴覚」では、騒音を光に変えることはできても、家族の沈黙だけは測れなかった。

その一方で、住み慣れた場所を追われることを描いた作品もあった。ケイト・ブランシェットが共同で創設したディスプレイスメント・フィルム・ファンドから生まれた5本の短編「残り香のささやき」。言葉も通じない街で、居場所のない恋人たちを描いたインドの「青い夜の恋人たち」。つながることと、引き裂かれること。その両方が、今年のスクリーンには映っていた。

これから観られる作品

クロージング作品として上映されたヨン・サンホ監督の「コロニー/群体」は、2027年1月1日からギャガの配給で公開される。[受賞作の日本公開・配信の予定があれば]

東京にマンホールの蓋を持ってきたチームは、東京グランプリを持って、スコピエへ帰っていく。スクリーンの中でつながった世界は、映画祭が終わっても、きっと切れない。

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