小さな赤い魚たちが、ぴったりと寄りそって泳ぎ、一匹の大きな魚になる。レオ・レオニの絵本「スイミー」を、子どものころに読んだ人も多いだろう。この映画を観ながら、私はなぜか、あの絵本を思い出していた。ノーベル賞を受けた動物行動学者コンラート・ローレンツは、著書「攻撃——悪の自然誌」のなかで、魚の群れを”無名の群れ”と呼んだ。そこでは、一匹一匹に顔がない。誰もが入れかわり可能で、誰かがいなくなっても、群れは何も変わらない。特定の誰かと結ばれる”個人的なきずな”は、そこにはないのだ。しかし、この映画で群れをなすのは、かわいい魚たちではない。感染し、凶暴化し、互いにつながりあいながら、ひとつの知性へと進化していく、ヤバい”何か”だ。
「コロニー/群体(Colony)」の舞台は、ソウル都心の超高層ビル。失業中の生命工学の教授クォン・セジョンは、職を求めて、バイオ企業の発表会が開かれるこのビルを訪れる。ところが、ある科学者が、自ら変異させた粘菌由来のウイルスを会場に放つ。感染した人々は次々に凶暴な存在へと変わり、当局はウイルスを封じこめるために、ビルを完全に封鎖してしまう。逃げ場を失ったセジョンは、警備員のヒョンソクやその姉たちとともに、建物の中に閉じこめられる。やがて彼女たちは気づく。粘る糸を引きながら猛スピードで襲いかかってくる感染者たちが、集団としての知性をもち、進化しつづけていることに。
監督は、「新感染 ファイナル・エクスプレス」(2016)で世界を震わせたヨン・サンホ。ゾンビ、寄生生物、呪い、超能力、SFと、ジャンルを軽々と横断しながら、ヒットを生みつづけてきた韓国を代表する監督だ。「新感染」が初めて上映されたカンヌ国際映画祭のミッドナイト・スクリーニングで、本作も今年5月に世界初上映された。韓国では4週末連続で興行収入1位を記録する大ヒットとなり、東京国際映画祭ではクロージング作品を務める。日本では、2027年1月1日に公開される。
一匹一匹の怪物が、ひとつの知性につながっている。じつは、この設定そのものは新しいものではない。ドラマシリーズ「ストレンジャー・シングス 未知の世界」では、怪物たちすべてがセンサーとなり、その中心にいる絶対的な悪が、すべてを見ている。花沢健吾の漫画「アイアムアヒーロー」では、感染者たちが、文字どおりひとつの巨大な存在になってしまう。では「コロニー」はどうか。まず目を見張るのは、アクションを得意とする韓国映画ならではの、圧倒的な身体のパフォーマンスだ。マスゲームのように統制された”ヤバい奴ら”の動きには、思わず息をのむ。そして、完全に閉ざされたビルの中で、”それ”が”それ”をしてしまい、”それ”が始まる。日本ではまだ公開前なので、ここではネタバレなしで書くが、好きな人にはたまらない展開が待っている。
主人公のセジョンを演じるのは、「猟奇的な彼女」のチョン・ジヒョン。本作が11年ぶりのスクリーン復帰で、カンヌへの参加も初めてだという。極限状態に置かれた人間が、自分のことしか考えられなくなっていく。ヨン・サンホ作品おなじみの、手に汗握るドラマのなかで、今回描かれるのは”姉を守る弟”だ。顔のない無名の群れに対して、人間の側に残されたのは、たったひとりの姉を守ろうとする、ローレンツのいう”個人的なきずな”なのかもしれない。警備員ヒョンソクを演じるのはチ・チャンウク。そして、その姉ヒョンヒを演じているのが、韓国ドラマ好きならきっと誰もが知っているキム・シンロクだ。ヨン・サンホが手がけた「地獄が呼んでいる」では地獄から復活する女性を、「財閥家の末息子」では破滅へと向かう百貨店の代表で、財閥家の長女を、「怪物」では印象的な警察のチーム長を演じてきた。彼女が出ている作品は、どれも見ごたえがあるので、つい期待してしまう。
そして、本作で最悪の悪役を絶妙に演じているのが、ク・ギョファンだ。彼もまた、「新感染半島 ファイナル・ステージ」などに出演してきた、ヨン・サンホ作品の常連である。脱走兵を追う軍警察を描いた、泣けるドラマ「D.P. -脱走兵追跡官-」をはじめ、キレキレの動きと表情で、どんな役でもこなしてしまう。彼が出る作品も、どれも素晴らしい。

この映画を観ながら、もうひとつ思い出したことがある。それは、ノーベル賞学者イリヤ・プリゴジンが非平衡熱力学で、そして日本では福岡伸一が”動的平衡”という言葉で描いたように、生命や自然は”予測をはるかに超える”リズムのなかにある、ということだ。予測できると思っていたパターンは幻で、止まっているように見えるものも、じつは決して同じ軌道をたどらない、再現不能なカオスの一瞬の姿でしかない。
顔のない無名の群れは、入れかわりながらつながり、つながりながら姿を変えて、ひとつの知性として動きつづける。それは、凶暴化した生命が手に入れた、究極の”動的平衡”の姿なのかもしれない。では、その予測不能な流れのなかに、置き去りにされたセジョンたちの運命は――。
