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“覚めない悪夢”の中では、確かだったものが試される

映画『夢から覚めることはそうない』イザベル・シュテーヴァー監督

この映画を観ているあいだ、何度か”これはドキュメンタリーなのではないか”と錯覚した。それくらい、カメラと二人のあいだには距離がない。透明になったカメラの前で、”彼”と”彼女”というアイデンティティは、疑いもなく繋がってゆく。それは永遠に続くようにも思えたが、いつだって戦争は残酷だ。空襲の音がなるたびに、二人の距離は、少しずつ開いていく。重く静かに、急がない。ゆっくりと冷たい現実が染み込んでくるこのリアリティこそが、この映画の誠実さなのだと思う。

「夢から覚めることはそうない(I Rarely Wake Up Dreaming)」は、ウクライナに暮らすクィアのカップル、オーリャとオレフの物語だ。オレフは女性から男性への移行の途中にいて、書類上の性別を男性に書き換えた。その直後に、ロシア軍の全面侵攻が始まる。二人は国外に逃れようとするが、オレフはもう”兵役の対象となる男性”になっている。2022年2月24日に戒厳令が出てから、ウクライナでは18〜60歳の男性の出国が禁じられている。基準になるのは本人が誰であるかではなく、書類に書かれた性別だ。実際に、国境で足止めされたトランスの人々の報告は侵攻直後からあった。本作は実話をもとにしていて、脚本のアンナ・メリコーヴァは友人カップルの経験から物語を起こした。主演のターニャ・ミロニシェナとマルクス・ブライトは、どちらも演技の経験がないウクライナの若者だ。撮影の大半はキーウで行われた。あのドキュメンタリーのような手触りは、偶然ではない。

監督のイザベル・シュテーヴァーは1963年ミュンヘン生まれ。ベルリン工科大学で数学を学んだあと、ベルリン・ドイツ映画テレビアカデミー(dffb)で監督を学んだ、少し変わった経歴をもつ。前作「Grand Jeté」(2022)はベルリン国際映画祭パノラマ部門でプレミア上映された。母と息子の危うい関係を描いたこの作品から、脚本は妻でウクライナ出身の作家メリコーヴァが担っている。ドイツの演出家とウクライナの書き手が二人三脚で、ウクライナ語の映画を撮る。プロデューサーには「ラン・ローラ・ラン」のトム・ティクヴァが名を連ね、製作は彼が共同で創設したX Filme。2026年8月、ロカルノ国際映画祭のインターナショナル・コンペティションでワールドプレミアを迎えた。会期の中盤には、ドイツの通信社dpaが「多くの人がすでに受賞候補と見ている」と伝え、”あらゆる形の暴力をはっきり拒む映画”と紹介している。

ウクライナからドイツへと逃げられる国境を目の前にして、二人はこんな会話をする。「国境を越えるときだけ、女性に戻せばいい。女性に戻りさえすれば、オレフは戦争から逃れられる…。」たしかにそれは、生き延びるための、いちばん合理的な選択肢として差し出される言葉だ。けれどそれは、ようやく手に入れた”自分”を一時的に手放せ、ということでもある。オレフは迷う。ここから先はネタバレになるのであとは想像に任せるが、自由と自分自身が天秤にかけられたとき、人はどちらを選ぶのだろうか?愛する人と、家族、そして遠くに聞こえる空爆の音。答えは”その場所”にいない限りわからないだろう。ただ一つだけ、確かなことは、この映画は、決して悲しい気持ちになる映画ではなく、一つの勇気を与えてくれる作品だ、ということ。