ズズーン、ズズーン……。スタジアムの裏にいると、地鳴りのような音がときおり聞こえてくる。「Z区画で何かが起きています」。何度そう警告されても、市長たちは「放っておけ。いつものサッカーファンが熱くなっているだけだろう」と言いながら、酒をあおりつづける。通訳であり、広報を務める市長の娘だけが気づいていた。何か恐ろしいことが起きようとしている、その空気に。そして、誰かが国旗に火をつけたとき、ついに沸点を超えた。
どこまでがドラマで、どこまでが実際の記録映像なのか。それがわからなくなるほど、観客はいきなり、あの日のスタジアムに放りこまれる。ときおり挟みこまれる当時の記録映像が、ドラマの場面と見事に溶けあっている。スタンドから伝わってくる不気味な振動と、轟音。上質なテレビドラマのような見事なリアリティで、この映画は”あの日、何が起きたのか”を、五感に直接訴えかけてくる。
「ヘイゼル85(Heysel 85)」が描くのは、1985年5月29日、ブリュッセルのヘイゼル・スタジアムで起きた惨事だ。この日、サッカーのヨーロッパ・カップ決勝、ユヴェントス対リヴァプール戦が行われた。試合開始前、リヴァプールのサポーターがユヴェントスのファンの多いブロックへ押し寄せ、逃げまどう人々の重みで、古い壁が崩れ落ちた。39人が亡くなり、およそ600人が負傷した。犠牲者のうち32人はイタリア人だった。映画は、この実際の惨事を背景にしたフィクションだ。ブリュッセル市長の娘で、市の広報を務めるマリーは、両親とともに試合を観に来ている。イタリアのテレビ局の記者ルカは、イタリアから連れてきた家族とともに取材に臨んでいる。暴動が起き、死者が出て、場内が混乱するなか、ルカは中継を続けながら家族を探し、マリーは、指揮をとれなくなった父の代わりに対応を迫られる。試合を中止するのか、続けるのか。政治家と警察は、難しい判断を突きつけられる。
監督のテオドラ・アナ・ミハイは1981年、チャウシェスク政権下のルーマニアのブカレストに生まれた。1989年、前の年に国を逃れた両親とベルギーで再会し、以来ベルギーを拠点にしている。アメリカのサラ・ローレンス大学で映画を学んだあと、記録係や助監督として現場を経験し、ドキュメンタリー「Waiting for August」(2014)で監督デビュー。この作品は10以上の映画賞を受け、ヨーロッパ映画賞にもノミネートされた。初の劇映画「母の聖戦」(2021)はカンヌ国際映画祭「ある視点」部門で勇気賞を受け、2作目「トラフィック」(2024)はワルシャワ国際映画祭でグランプリに輝き、ルーマニアのアカデミー賞代表にも選ばれた。本作が劇映画の3作目で、東京国際映画祭のコンペティション部門には、これが3度目の参加になる。撮影は主にアントワープで行われ、惨事からちょうど40年にあたる2025年5月に撮り終えたという。監督は、40年前の出来事でありながら、そこにある”怠慢と操作”というテーマは「とても現代的で、まさに今の問題だ」と語っている。
では、この惨事の責任は誰にあったのか。それは簡単な問題ではない。ヘイゼル・スタジアムは建設から55年がたち、手入れも行き届いていなかった。それにもかかわらず、UEFAの視察はおよそ30分で終わったといわれる。そして、酒に溺れるあの最低な市長は、正確にいえば”架空の人物”だ。批評家の中には、市長を“安っぽい戯画”として描き、構造的な失敗を一人の酔った市長に背負わせることで、事件を軽くしてしまった、と指摘する声もある。

もう一人の主人公は、イタリアのテレビ記者ルカだ。映画は、中継を続ける彼の姿と、行方のわからない弟を探す彼の姿を、並行して描きだす。”伝えること”と”守ること”のあいだで引き裂かれていく姿が見事だ。監督が「大きな変化は、小さなことから始まる」と語るように、大きな惨事の裏には、たくさんの小さなドラマが隠れている。ルカが”伝え”、そして”守ろう”とすることで、そのドラマはダイナミックに前へ進んでいく。
批評家が“16ミリの生々しい撮影”と呼んだ映像と、五感に訴えかけるサウンドデザインに圧倒されながら、僕は、39人の命とともに崩れ落ちたヘイゼル・スタジアムを見つめていた。Varietyの評のとおり、”どの瞬間も目が離せない”映画だった。
