コニーアイランドは、喜びも悲しみも、ホットドッグも包み込む。

July 8th, 2025 / / / /

ニューヨークに住み始めたら一番最初に行ってみたい場所、その一つがコニーアイランドだろう。かつては島だったその場所はブルックリンの南端に位置する哀愁たっぷりのビーチ(遊園地付き)であり、地下鉄のD、F、N、Qあたりに乗って寝ていればたどりつく終着駅である。ウディ・アレンの『アニー・ホール』(1977年)やダーレン・アノロフスキー監督『π』』(1997年)をはじめ、数多くの監督たちが「ニューヨークの心」を象徴するような場所として、愛を込めて描いてきた。

そして、切なく美しい映画『TENDABERRY』でデビューを果たした女流監督ヘイリー・エリザベス・アンダーソンも、その一人である。

この映画『TENDABERRY』は、映像の質感、音楽、ストーリーテリング、そしてリアリティの演出に至るまで、「今」の旬が詰まった映画ではないだろうか。コロナパンデミック後のニューヨークを舞台に、新人の女優コタ・ヨハンが演じるドミニカ系アメリカ人ダコタとウクライナ人のボーイフレンとユーリ。コンビニでバイトをしながら夢を語り合う二人。地下鉄で歌を歌い、夜の海を見ながら抱き合う二人…。ささやかながらも幸せな日々が続くと思っていたが、ある日ユーリの父親が倒れた、と連絡が来る。ユーリは父親の面倒を見るためにウクライナに戻り、ダコタは一人で街に残される。そしてロシアの侵攻がはじまり、ウクライナの惨状が届き始める…。

この物語には辛い場面もあれば、打ちひしがれた彼女に優しい言葉をかけてあげたくなる場面もある。しかしとにかく美しい。ざらざらとした質感のスーパー8、デジタル4Kカメラ、そしてホームカメラに至るまでそれぞれ記憶と鼓動が染み込んだ映像表現の上に、ささやくような美しいナレーションが語りかけ、それが心に迫る。そして、必ずといっていいほど、大切な場面は、このコニーアイランドが舞台になっているのだ。

作品のタイトル「TENDABERRY(テンダベリー)」は、監督によると「ニューヨークのシンガーソングライター、ローラ・ニーロの1969年のアルバム『ニューヨーク・テンダベリー』に敬意を表したもの」だと言う。

この曲を聴いてすぐに、まさに、この感覚だとわかる。シーズンオフの海、遠くに聞こえる遊園地の木造ジェットコースターの不安げなガタゴトと刹那のスリルに上がる歓声、冷たい風を顔に感じながらチューイングガムを噛んでいるような、歌姫ローラ・ニーロの切ない歌声とピアノの音色。ニューヨークにしかない美しさが込められたようなこの曲を聴いたヘイリー・エリザベス・アンダーソンが、ロシアの侵攻が始まったニュースを見て爪をかみながら思い描いた物語が、この映画『TENDABERRY』なのだろう。

コニーアイランドで毎年開かれるホットドッグ早食い選手権も楽しいけれど、今年ぐらいは、同名のカクテル「テンダーベリー」でも飲みながら、ウクライナ侵攻に引き裂かれた恋人たちを思い浮かべるというのも、ニューヨークっぽいのかもしれない。

Art by Daisuke Nishimura