井戸に突き落とされた仮面の男。彼が落ちてゆくその時間が、永遠に思えるほどに長い。7分間の映像のうち約2分間。その後さらに30秒ほどロープだけが落ちてゆくことを考えると、全部で2分半以上。どうやらこの作品の主題は「落ちてゆく時間」にあるようだ。その名もずばり『FALL』。たった7分の超短編でありながら、身の毛がよだつ集団的狂気に沸き立った村へと、見るものを引き摺り込んでゆく。そして絶妙に中途半端なところで後味が悪いままに、置いていかれる。
ジャミロクワイからレディオヘッド、マッシヴアタックからBLURまで錚々たる顔ぶれのMVを作ってきた伝説ジョナサン・グレイザー。彼による短編『FALL』は、一見するとNetflixの『ブラックミラー』シリーズに出てきそうな世界観だが、単なる読み切りストーリーだと割り切るわけにはいかない。アウシュヴィッツ強制収容所とホロコーストを題材とした作品『関心領域』でアカデミー賞国際長編映画賞を受賞した彼が作ったとなると、なにか深いメッセージがあるのでは、と感じざるを得ない。彼は『関心良識』の授賞式で「現在ホロコーストを理由にして、(パレスチナ自治区ガザなど)何の罪もない大勢の人々が苦しめられています」とスピーチをした。若い世代に絶大な影響力を持つクリエイターが発する言葉は、重く力強い。それができるのが伝説の男、ジョナサン・グレイザーだろう。
『関心領域』の悪意が張り詰めたサウンドスケープを演出した音楽家マイカ・レヴィがこの短編でも音楽を担当。振り回されたロープがブンブンと唸る音を立てるのがリズムとなり、バイオリンの不安な音波に乗って不気味な16ビートが刻まれる。井戸の中に突き落とされた男の気持ちを考えるとノリノリになっている場合ではないが、ジョナサン・グレイザーの作品は音楽も合わせて堪能するのが正解だろう。
