メランコリーに浸りながら、月明かりの下で青く照らされる。

March 3rd, 2025 / / / /

バリー・ジェンキンスが描く押しの強い男性はみんな甘い瞳をしているようだ。『Moonlight』のケヴィンも『Medicine for Melancholy』のジョーもとろけるように甘い。そして、少し下向きに微笑む魅力的な黒人男性たち。それは知性的にも見える。悲しい境遇に生まれた黒人の少年”リトル”が戦いながら生きていく中でゲイとしての自分を自覚してゆく、その葛藤と成長を余韻たっぷりに描きあげて第89回アカデミー賞3部門を受賞した『Moonlight』。そしてサンフランシスコに住む黒人男女の一夜限りの恋愛を都会的な会話たっぷりに描いた長編デビュー作『Medicine for Melancholy』。どちらも根底には黒人の美しさと葛藤があり、人を愛する根源的な欲求を都会的余韻で美しく包みあげ、いつまでも見たくなるような上質な時間に仕上がっている。

Art by Daisuke Nishimura

『Medicine for Melancholy』はデビュー作でありながら、現代のアフロアメリカンだからこそ紡ぎ出せるストーリーを、一見正反対な世界を生きる男女のアヴァンチュールを通して情熱的に描き出している。場所はサンフランシスコ。何かのパーティで酔っ払った二人が一夜を共にし頭の痛い朝を迎える。男性(ジョー)の方はまんざらでもなさそうだが、女性(ミカ)の方はもう2度と会いたくないわという空気で、挨拶さえせずに家に帰る。名前さえ知らない。ただしタクシーに財布を忘れる程度に、彼女は完璧ではなかった。その財布を手がかりにサンフランシスコの街を自転車で一軒一軒探してゆくジョー。そして(軽いネタバレになるが)彼女は彼よりもいい暮らしをしていて、アートキュレーターをしている白人の彼氏がいることが判明。押しの強いジョーに負けていい感じに心が通い合ってきた二人だが、黒人であることに誇りを感じながらもコンプレックスで常に頭の中が混乱状態のジョー。白人と付き合っている彼女に対して、ずっと空気が悪くなるような質問を投げかけ続ける。チャック・マンジョーネやキングフライデーやらシルビア・ストリプリンなど音楽ネタのオシャレな会話が魅力の一つなので、あとは実際に見てもらいたい。インディ映画の先駆者バーバラ・ローデンの名前が書かれたTシャツを着ているあたりも映画好きにはたまらないのだろう。人種差別や社会問題ばかりをテーマにしているかと言えば、必ずしもそうではない。とにかく若い時代というのは、自己嫌悪になったと思えば急に自信を取り戻したり、泣いたり笑ったりしながら最後はオシャレな音楽とダンスで全部オッケーになったりするものだ。今を生きる彼らをそのまま描いたら、人種問題も当然入ってくるだけの話だ。

オスカー賞を受賞した『Moonlight』については、星の数ほど文章が書かれているのであえて説明する必要はないだろう。ハーレムに住むゲイたちが偏見を物ともせず自分を見つけようと葛藤するドキュメンタリー映画『Paris Is Burning』とは違い、『ムーンライト』では、主人公の繊細な心の中を、月に照らされて青くみえる世界に喩えながら、叙情的にゆっくりと描いてゆく。静かに海を見ているシーンを見ていると、どことなく小津安二郎の『東京物語』を見ているようだ。ただ、そう思い始めると、その気持ちをぶった斬るように、ヒップホップが入り込んでくるのがこの映画だ。そう、これはバリー・ジェンキンスの映画であり、いつまでもメランコリーに浸ってはいられない。リトルが自分を変えて強く生まれ変わったように、緩やかな反骨のビートが心地よいのはこの映画の魅力だと思う。

ミカは会話の中で「黒人歴史月間が2月なのは、一年で1番短かい月だから」という話す。それに対してジョーは「リンカーンとフレドリック・ダグラスの誕生日が近いからだよ」という。どちらが正しいというのはないのかもしれないし、そのどちらかによってこの記念月間の温度感はずいぶん変わってくるだろう。ただ大切はことは、恋人(未満)たちがこういった話を日常的に交わしながら生きている時間である。黒人たちの美しさは、その肉体だけでなく、そこに秘められた深い知性と決して負けないレジリエンスにあるようだ。『Moonlight』のジューク・ボックスから聞こえてくるバーバラ・ルイスの「ハロー・ストレンジャー」で歌われている”ストレンジャー”とは、もしかしたらアメリカ社会における”黒人たち”のことかもしれないし、アウェイな世界でも強く生きる彼らへのメッセージなのかもしれない。少なくとも監督バリー・ジェンキンスからは、美しさだけでなく知性とカルチャーに対する絶妙なバランス感覚がしっかりと感じられるのは僕だけだろうか。

Art by Daisuke Nishimura