銃と暴力だらけのゲーム世界で、ハムレット悲劇は演じられるのか

February 27th, 2025 / / / / /

大人気クライムアクションゲーム『グランド・セフト・オート』通称GTAは、まさしく何でもありのゲーム。車を盗んだり、人を殺したり、ロケットランチャーで爆撃したり。自分だけの「悪そうなアバター」を作りカスタマイズして、世界と繋がった仮想ワールドでお好きな犯罪に身を委ねる。もちろんルールもある。街で殺人を起こすと手配度が増え警察に追われるし「悪人」になればなるほど特殊部隊や軍隊に追われることになる。確かにGTAの世界は現実と錯覚するほどリアルだし自分だけのコミュニティも作ることができるけれど、ここで「静かに演劇を鑑賞しよう」なんてやつは、いるはずがない。ましては『ブルーマンショー』とかではなく、古臭いハムレットなんて。

しかしサムとマークはそうは思わなかった。かつてないほどユニークなドキュメンタリー映画『GRAND THEFT HAMLET』を作り上げた彼らは、クライムゲームの空間に劇団員を募って「本物のハムレット劇」を上演しようと思いついた。2021年のロンドンは、他の国と同じく新型コロナウイルスCOVIDのパンデミックにより多くの劇場が閉鎖されていた。仕事を失った彼らはヤケクソな気持ちのままGTAで気晴らしをしていた。いつもどおり車を盗み、「Impotent Rage(邦名:インポマン)」と名付けられた自称スーパーヒーローが描かれたスロットマシーンを楽しんだ後、何気なく散歩をしていると、広い野外ステージに遭遇。「ここいいね!何かできないかな?」と叫ぶサム。「たとえば…ハムレット劇とか?」そんな小さな思いつきから、全てが始まった。

監督サム・クレーンにとってこれは初めての監督作品らしい。それ以外は俳優として活動しているが確かに出演作品はハムレット劇が多いようだ。相棒のマークにいたっては出演作品も少なくけっして人気の俳優ではない。だからこそ、この作品が誕生したのは奇跡に近かったのかもしれない。顔にレンジャー風の刺青と髪型をGIカットでバッチリ決めたイケイケなアバターを使うサムと、現実と同じようにリアリティありすぎる地味なアバターを使うマーク。一見正反対な二人だが、「ハムレットが大好き」という一点で深くつながっている。彼らは先の見えない現実を生きながら縋ったもの、それが「ハムレット」であり「GTA」だったのだ。

これはドキュメンタリー作品だが「許される演出の幅」が実に広い。つまり、現実を被写体とする普通のドキュメンタリーの場合、撮影のためにビルを建てることも飛行機を買うこともできないがGTAの中ではそれができる。「オッケー、リハーサル用に超巨大飛行船を準備したからその上に乗ってやろう」とか、「このプロジェクトのために(ハムレットに出てくる)エルシノア城と名付けた会社を設立したよ」とか、そういうことがいくらでもできる(そしてその全てをロケットランチャーや爆撃で破壊することもできる)。この作品のように、一つの劇を協力して作り上げてゆくドキュメンタリー作品はあったかなと考えてみると、ひとつだけ思い当たるものがあった。それはジョシュア・オッペンハイマーによる『アクト・オブ・キリング』だ。これはインドネシアでかつて行われていた共産主義虐殺を、実際の加害者に演じさせるという実験的な作品だ。もちろん『GRAND THEFT HAMLET』に出演している人たちは普通の人たちだし犯罪者はいない。ただ、舞台装置として利用した「GTA」が『アクト・オブ・キリング』に負けないほどに殺人と犯罪が溢れたクレージーな世界であるのは面白い共通点だ。そしてまともなハムレット芝居を演じようとしても、クレイジーな芝居に見えてしまうことも、「アクト・オブ・キリング」とよく似ている。

途中でサムはヤケクソになる。劇団員が全く集まらなかったり、すぐに銃で殺し合ったり(ゲームの仕様だからしょうがないが)、ランチャーで車ごと吹っ飛ばされたり。物事が何も進まないことに焦りを感じ始める。「あのさ…僕は参加できないや。現実の世界で仕事が決まったんだよね。だからごめんね」と、演技力に惚れ込んでいた参加者の一人が去っていった瞬間、サムの心の糸がぷつりと切れた。「もうやめよう!俺たちは一体何をやっているんだ。仕事もない未来もない、そんな中、ただゲームばかり朝から晩までやっているとか…。」そう叫ぶサム。その時にマークが返した言葉が心に突き刺さる。「お前はまだいいんだよ。彼女もいるし家族もあるだろう。僕は、もう誰もいないんだ。来週(もちろん現実世界で)姉の葬式があるんだけど、彼女が自分にとっての、血がつながった最後の家族だったんだよ」と。コロナのせいで家族全員が亡くなったのかもしれないし、そうではないかもしれないが、仮想世界の馬鹿騒ぎとは正反対の孤独の中にマークは生きていたのだ。

「生きるべきか、死ぬべきか」と問い続ける個性的なアバターたちは、爆撃と銃弾が飛び交うデジタルワールの中で、果たしてハムレット芝居を上演できるのだろうか? 2024年のSXSW映画祭で絶賛され審査員特別賞を受賞した『GRAND THEFT HAMLET』は、全く新しい手法でシェイクスピアを描き出そうとした挑戦的な試みであり、コミカルで愛すべきキャラクターたちのおバカな姿を見ながら、深く感動することだろう。ポリゴンで描かれた悪党たちの演じる姿を見て涙が浮かんできたのなら、あなたもデジタルワールドに入る準備はできている。ようこそGTAのエルシノア城へ。

Art by Daisuke Nishimura