パリに包まれたアルジェリア、それが深く儚い場所だとしても。

January 28th, 2025 / / / / /

ロカルノ映画祭の名物となった”ピアッツァグランデ”は、その名の通り”大広場”であるが、星空の下で最高の音響と映像に酔いしれることができる8000席が並ぶ世界最大のシアター空間である。ヤン・ドマンジュによるこの短編作品『DAMMI』がここで上映されたと考えると、なかなか興奮を覚える。色深く物語る映像、心の琴線をダイレクトに震わせるような立体音響…。それらがアイデンティを求め続けて彷徨う男の物語に呼応し、星空の大広場にシュールレアリズムな世界を魅せてくれたはずだ。

この物語は、俳優でありラッパーのリズ・アーメッド扮する主人公がパリの街を歩くシーンに始まる。父はアルジェリア出身で、パリとロンドンに育ったという。「父は68年にアルジェリアからパリに移住し、ガソリンスタンドの横でバーを経営していた」と、リズのラッパーらしい力強いモノローグが続く。「しかし父はアラビア語を教えず、フランス語で読み書きすることも教えてくれなかった」。だからパリに来るたびに「アウトサイダーなのだ」と感じ、それはまるで「水に浮かんでいるようだ」という。そして映像は青く美しい水の底でフワフワともがく表現へ。現実と非現実の移り変わりが実に美しい。アレクサンドル・マテュッシがデザインするブランドAMIを身に纏い水深くに沈んでゆくリズは、悲しくもスタイリッシュ。

キャラクターの人物設定が細かくリアルなのは、監督ヤン・ドマンジュ自身の物語だからだろう。彼はフランス人の母とアルジェリア人の父のもとパリで生まれている。つまりこの物語は、監督はもともとアラビア語の「ムニール」という名前だったらしいが、差別されないようにと両親が離婚した後に「ヤン」へと改名したという。「フランス国籍だが、国民としてのアイデンティティはひとつもない」と彼は言う。その後父の故郷アルジェリアを訪れた際に、叔母が映画『アルジェの戦い』にエキストラとして出演しているのを知って映画への愛が高まったというのだから、人生何があるかわからない。彼はナショナリティというアイデンティティを求めてさまよいアルジェリアへ向かったら、そこで「映画」という別のアイデンティティを見つけたのだ。

歴史的に移民が多いパリにおいて、北アフリカなどフランス語圏の中で移住者数が一番なのがアルジェリアであり、その数すでに160万人を超える。戦火が絶えることのない現代において移民問題はけっして他人事ではない。国境とは儚く脆い存在であり、その線引きだけに自己肯定を求めることはできない。そんな移民たちが抱える「アイデンティティを求める」心の姿を、この映画はアーティスティックな表現で感覚的に教えてくれる。

映画の最後に彼の心は叫ぶ。「過去とは異なる結末は決してみつからないかもしれない。だったら私は、何か他のものにすがりたい。今ここにいたいんだ。あなたと一緒に」と。それは、一人のアイデンティティを求める答えのない旅から、”二人の旅”へと変わった瞬間なのかもしれない。

Art by Daisuke Nishimura