家庭環境に恵まれない主人公が、スポーツで道を切りひらく。そんな物語は、決して珍しくない。けれど「虹と踊る」には、どんなに揺さぶられても切れることのない家族の絆があり、それを姉と弟がしっかりと支えている。そして、その日々のまんなかには、母の店で家族みんなが作りつづける、美味しいお弁当がある。観ているだけでお腹がすいてくるような台湾の豊かな食文化と、ほとばしる青春の熱が、画面のそこかしこに見え隠れするのが心地よい。
「虹と踊る(A Dance with Rainbows)」の主人公リンは20歳。ボクシングの練習と、母が営む弁当屋の手伝いを両立させながら、静かに崩れていく家族と向きあっている。表向きは仲のよさそうな両親だが、父が新しい”恋人”を家に連れてきたことで、その見せかけは打ち砕かれてしまう。さらに、信じていたコーチとのあいだにも、ある試練が訪れる。それでもリンは、困難な現実から目をそらさず、練習に打ちこんでいく。
監督のリー・イーシャンは1985年、台北生まれ。短編「Sisters’ Busy Hands」(2016)と「亮亮と噴子」(2017)で脚本と監督を務め、後者で金馬奨の最優秀実写短編映画賞を受けた。プロデューサーや編集者としても活躍し、金鐘奨では最優秀編集賞を受けている。本作は、その彼女の長編監督デビュー作だ。企画の段階で金馬創投の百万首獎に選ばれ、完成した作品は第62回金馬奨で最優秀アクション設計賞を受けた。原題は「恨女的逆襲」。東京国際映画祭のQ&Aで、監督は、公式試合に出ること自体が主人公の”逆襲”なのだと語り、こう続けたという。「英語タイトル”虹と踊る”のほうが主人公の心を映し出しています」。たしかに、リンは誰かに仕返しをするわけではない。踊るようにパンチを放ち、前の試合では受けるばかりだった攻撃を見事にかわして、かすかな笑みさえ浮かべてみせる。その強さを目にしたとき、彼女という”虹”の光が、まわりを照らしはじめているのが、ひしひしと伝わってくる。
女性ボクサーを描いた映画といえば、クリント・イーストウッドの「ミリオンダラー・ベイビー」や、「ナックルガール」が思い浮かぶ。この映画もまた、迫真の試合シーンと、パンチを全身で受けとめる主人公の本気が、画面を通してまっすぐに伝わってくる。リンを演じるリン・イーティンは、ボクシングの経験がなかった。出演が決まってから約1年、みっちりとトレーニングを積み、試合の場面は代役なしで演じきった。1時間半の練習のうち、1時間は泣いていたこともあったという。その熱演で、彼女は金馬奨の最優秀新人俳優賞にノミネートされた。

本当の強さとは、なんなのだろう。リンがゴミ捨て場で拾った一冊の漫画に、こんな言葉があった。「流すならどっちがいい? 涙と汗?」。その言葉に背中を押されたのか、リンは、その漫画にカラフルな虹の絵を描き足していく。まるで、「自分の物語は、自分で描く」と強く心に決めたかのように。
殴られても、泣かされても、家族を手放さない。涙も汗も、きっとどちらも流したのだろう。そのあとに架かる虹こそが、彼女が自分の手で描いた、いちばん鮮やかな色なのかもしれない。
