ギターの音色、メコンに流れる永遠

March 31st, 2025 / / /

アピチャートポン・ウィーラセータクン監督作品全体に流れる”時間”は繊細で美しい。何層にも折り重なった時のヴェールが、永遠のごとくゆったりと流れることもあれば、船が進むほどの速度で物語を変化させてゆくこともある。生者と死者の曖昧な境を斬新に表現してカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した『ブンミおじさんの森』にしても、その2年後に作られた本作『メコンホテル』にしても、独特な時間感覚で、記憶や喪失感、そして遠い過去へとつながりを”霊的”に表現されている。 ”森”がアピチャートポン作品に特別な意味をもつならば、本作『メコンホテル』の場合には”川”がその役目をしているのだろう。ただし、誰もが思うような”流れ去る川”とは違う。例えるなら、大いなる時の輪廻で繋がっているような、繰り返す運命を象徴する川、である。劇中に「600年の時を超えて」というセリフが出てくるのでそういうスケールなのだろう。例えるならば松本零士先生の大人気アニメ&漫画『銀河鉄道999』のクライマックスで謎の美女メーテルが「遠く時の輪の接するところで、また巡り合えるでしょう」とつぶやいたことに近い。ただし、ゴダイゴの軽快なプログレッシブ・ロックに合わせて軽快に宇宙へと飛び去ってゆく『銀河鉄道999』とは違い、『メコンホテル』の場合は、アピチャッポン監督の同級生であるギタリストChai Bhatanaがしっとりと奏でる美しいギターの音色に思わずうたた寝するほどに悠然の極みだ。全く違う二作だが、「永遠」なる世界を感じさせてくれるという意味では、ある意味共通している。

Art by Daisuke Nishimura

ドキュメンタリーとフィクションを混ぜ合わせて作られた作品『メコンホテル』は劇中劇的な構成になっており、ちゃんと観ていないと「さっきまで話していたあの人、いきなり襲われている!?」的な頭が追いつかなくなる瞬間が多く訪れる。心地よい船上の会話が続いたと思うと、口の周りを真っ赤にしてその人を食べている美少女。そこに死んでいるのは「タイの洪水は、エメラルド・ブッダの涙がラオスへ戻ろうとしているのだよね」とか語っていたあのお兄さんだよね?!みたいな感じである。ただ、この「置いていかれる」感じが自分には心地よい。設定としては「アピチャートポン率いる撮影隊が人間や動物の肉を喰らう幽霊を主人公とする作品のリハーサルを行っていて、その合間に俳優たちは様々な話をする」ということらしい。それはあらすじを読めばわかるのだが、映像から受けるイメージは全然違う。頭ではわかっていても、アピチャートポンが何かを仕掛けるたびにフワッと心地の良いズレが生まれ続けるのだ。少し観ていると「ああ、そういうことか」とズレは解消されるので物語に戻って来れるのだが、それさえもある意味幽体離脱した魂が肉体に戻るようなフワフワ感があって、自分には心地よい。

この心地よさは実際に観てもらうのが一番だが、この作品にはもうひとつ、(自分にとって)大切なことがあったのでそれを書いておきたい。それは、同じ時間に同じ場所で生きていることがどれだけすごい奇跡なのかという感覚に近いことが語られていたのだ。「地球の生命起源は地球外から来た」というパンスペルミア説から「地球金属はほかの星で作られた」という地球起源説に至るまで、地球上で出会い、会話ができることさえも実はとてもすごいことなのではと思っている。死んだ後に魂がどうなるかは宗教に任せるけれど、身体を構成している分子はバラバラになって地球圏内を循環し、地球終焉の後は重力圏からも解放されて宇宙全体へと彷徨ってゆく。そう考えると、肉体が同じ場所にいるだけでも奇跡としか思えない。宇宙起源の約137億年レベルの話になる。

そこで映画に話を戻すと、母親は、涙を流しながら、こんな言葉を語りだす。「600年の時が流れ、まだ地球からそれほど遠くないところにいる。神のようなものを信じていたこともあったわ。それは”肉体”に甘いアロマの香りを与えてくれるから、血に素晴らしい香りを与えてくれるから。そして私は命を与えられる。 ”お互いを惹きつけるもののための法則”を、神は作ってくれたから」。そう話しながら涙を流す母親。その姿を優しく見つめる娘は「私はここにいるからね。という娘。 ずっと離れないから」と言う。これは台本に書かれたセリフなのだろうが、ドキュメンタリーとフィクションを行き来する作品であるが故に、そこに不思議な世界が立ち上がってくるように自分には感じられた。メコンの中で流れている悠久の時間は、一度離れたら2度と出会えない壮大な長さを持っている。この広すぎる宇宙で、同じ時間、同じ場所で出会えた奇跡ことと同じように、「この残虐行為に私はうんざりしている」と語った母は広大な時間の中で引き裂かれる悲しみが、わかっているのだ。「次は馬かもしれないし虫かもしれない。人間の姿で会えるのは永遠に待たなくてはいけない」と。

メコン川を若者たちがジェットスキーで走り回る映像と、よく観ないとわからないほどにゆっくりと流れてくる一本の流木。フィリピンの巨匠ラヴ・ディアスが得意とするスローフィルムのように固定された画角で描かれ続ける二つの姿を眺めていると、大きな輪廻の先がもっと知りたくなってくる。少なくともその場所には、甘いアロマの香りが漂い、Chai Bhatanaの美しいギターの音色が響いているようだ。

Art by Daisuke Nishimura