ハーレムの”彼女”たちは、ヴォーギングに全てをかけた。

March 1st, 2025 / / /

シーンのど真ん中で世界が変わる様を感じながらドキュメンタリーを撮り続けるのはどんな気持ちなのだろう。その中にいる人にはそこが「ど真ん中」かなんてわからないのかもしれないが。映画『パリ、夜は眠らない。 (Paris Is Burning)」(1990)もまさにそんな奇跡が凝縮された濃密なドキュメンタリーだ。パンクスにモッズにヒップホップにグラフィティにスケートボードに…。新しいカテゴリーを作り出したストリートムーブメントはたくさんあるが、この映画に描かれているのはハーレムのトランスジェンダーやゲイたちが競い合った”ボールカルチャー”というムーブメント。誰よりも「女性」らしくそしてファッショナブル(=ヴォーグ)になるため、文字通り彼女らは命をかけて表現をぶつけ合った。

Art by Daisuke Nishimura

作品の現代『Paris Is Burning』はそのまま訳すと「パリは燃えている」となるが「パリ」は出てこないし、消火活動の映画でもない。”パリ”とはニューヨークのハーレムに住む黒人のゲイたちが自らのコミュニティをそう呼んだ言葉。「Burning」も”燃えている”というよりも邦題「眠らない」のようにメラメラと夜を徹して輝き続けているイメージだ。「ファッションの都はここにあるんだ!」とでも言いたいかのように、彼ら(彼女ら)は夜な夜なミシンを踏み続け、カスタマイズした奇抜なドレスでランウェイを闊歩し続ける。ちなみに「パリは燃えているか?」とは、第2次世界大戦のパリ解放の際にヒトラーが「敵に渡すくらいなら灰にしろ。 跡形もなく燃やせ」と命じたセリフ。原題はこのアイロニーに違いないしそこには「私たちのステージ =”ボール”がなくなるぐらいなら、燃やし尽くそう」というメッセージも込められているのだろう。

ゲイが異端として扱われた時代。彼女たちは生きづらい思いのまま、自分を見つけ出そうと葛藤していた。そんな同じ気持ちを共有した彼女たちは発信の場”ボール”へと自然に吸い寄せられ、「ハウス」と呼ばれるそれぞれのファミリーを作っていった。その名前がまたチャーミングである。花の名前からつけたという「エクストラバガンザ」「ニンジャ」「ラベイジャ」など、美しく咲きたいという彼女たちの思いが込められているようだ。それぞれのファミリーから魅力的なキャラクターが数名登場するが、おそらくその中では”ニンジャ”ファミリー出身のウィリー・ニンジャが一番有名だろう。ゴルチェのモデルをしたり、パリス・ヒルトンにウォーキングを教えるなど、スラムからスターダムへと転身した憧れの存在だった。エイズで45歳の若さで亡くなった彼は、今でもLGBTのコミュニティで「ウィリー・ニンジャの命日」を祝われているほどレジェンドとして愛されているようだ。

もう一人の大事な主人公は、”エクストラバガンザ”の一人、ビーナス・エクストラバガンザである。独特な色気のある小柄のビーナスは、「届かない世界」に誰よりも憧れていた。小悪魔的に微笑、腰に手を置くタイミングなどフェミニンな魅力全てが表現できていた。「だけど声だけはダメなのよね」と笑いながら話すビーナス。この映画に登場する彼女たち全てが幸せになってほしいと願う中で、常に不安なイメージが付きまとうビーナスに対しては、祈る気持ちで見ている自分がいた。何が起きたのかはここでは書けないが、”エクストラバガンザ”のママが「気をつけなさいって言ったのに、誰にでもついていっちゃうから」と語った言葉は心に沁みる。ウィリー・ニンジャがマドンナのMV「ヴォーグ」を振り付けで世界的に大ブレイクしたような、世界中のアパレルが注目するようなカルチャーシーンへと”燃えあがれた”の裏側には、数えきれないほどの夜を、数え切れないほどの”彼女”たちが、”ボール”の控え室で厚化粧をし続けてきたからなのだ。

Art by Daisuke Nishimura