「魔女なのか羊なのか」と聞かれた時、少女はどう答えれば良かったのか。

February 28th, 2025 / / / / /

白人の観光客を乗せたバスは不思議な光景の前で停まる。そこには顔に刺青を施された女性たちが座り、天を仰ぎ、白い紐で繋がれていた。ガイドらしき男性がこう説明する。「彼女たちは魔女なんです。夜になると空も飛びます。ロンドンだっていけますよ」。そんなはずはない。この映画はファンタジーではないしどう見たってただの老女たちではないか。そうか。これがVICEマガジンでも特集されたあの有名なアフリカの「魔女キャンプ」か。魔女と烙印を押された女性たちを繋ぎ止め、働かせ、時には見せ物にしているあの悲しい場所か。

英国アカデミー賞の優秀新人賞を受賞をした『I Am Not a Witch』は、ザンビア系イギリス人女性監督ルンガノ・ニョーニによる長編作品。短編『The List』(2009)年でウェールズ英国アカデミー賞最優秀短編映画賞を受賞するほどにその才能はお墨付き。ミヒャエル・ハネケの映画『ピアニスト』に憧れて「イザベル・ユペールのようになりたい」と女優を目指した彼女だが、「いい映画が作れれば、人々にもっと影響を与えることができる」と気がつき、映画を作る側となって才能を発揮し始める。世界中の映画祭でも話題となったこの作品『I Am Not a Witch』は、祖国ザンビアやガーナで問題になっていた「魔女キャンプ」を題材に、彼女独特のアーティスティックな手法を通して集団的迷信に抑圧された女性の生き様を美しく描いている。笑いを誘う場面も多いが、根底にある悲しい現実を前にすると、胸が張り裂けそうな気持ちになる。

8歳の孤児シューラは、ザンビアの干上がった農村で家もなく暮らしていた。いたって普通の、どこにでも見かける純朴な女の子である。とある日、何かにつまづいて転んだおばさんが頭に乗せた水瓶をこぼしてしまう。ちょうどその時、路上に座っていたシューラと偶然目が合う。それだけにもかかわらず「あの子は魔女だ」と決めつける。きっとむしゃくしゃしていたので怒りの矛先はなんでも良かったのだろう。同じようなことが続き、いつの間にか「あの子は魔女よ」という風説が出来上がり、いかにも怪しい「村の権力者」のもとへ、連れて行かれる…。あとは実際にみてもらいたい。

「魔女キャンプ」と呼ばれる怪しい共同生活はガーナだけでも五箇所以上存在し、五百人以上が暮らしていたという。この映画の舞台であるザンビアにも同じようなキャンプがあったという。2020年に魔女と宣告された90歳の女性が暴行されて死亡した事件を受けて、2023年になってやっと「魔女狩りを禁止する法律案が国民議会を通過した」という。なんとも非科学的な話だが、大地に深く根ざして生きるアフリカの人々だからこそ、こういった土着の風習には一目を置かれ続けてきたのだろう。どこからみても怪しい風体の”呪術師”により「首の骨を折った鶏が円の外で死んだらこの子は魔女だ」という不条理な占いで採決は下され、「魔女だ」と烙印を押された少女。彼女の運命はその日を境に、白い紐で繋がれることとなった。

ショナ語で「語り手」を意味する”ルンガノ”と名付けられた女性監督ルンガノ・ニョーニは、女性として、アフリカ系として、そして期待の若手監督として、その才能を通して「知らなくてはいけない物語たち」をこれからも届けてくれるだろう。宅急便を運んでくれる可愛い魔女なら大歓迎だが、白いロープで繋がれた刺青だらけの魔女なんて認めたくない。ドキュメンタリー作品『DAHOMEY』を監督したセネガル系フランス人女性監督マティ・ディオプも同じく、これからは光り輝く女性の時代であり、アフリカの世紀であり、才能溢れる若い人たちが雄弁に語るのだ。悲しい運命に涙を流した”魔女”たちの代わりに、そんな女性たちが2度と生まれない世界のために、ルンガノたちは力強く生きている。これからもずっと。

Art by Daisuke Nishimura