大人気のクライムアクションゲーム「グランド・セフト・オート」、通称GTAは、まさに何でもありのゲームだ。車を盗んだり、人を殺したり、ロケットランチャーで爆撃したり。自分だけの”悪そうなアバター”をつくってカスタマイズし、世界とつながった仮想の街で、お好みの犯罪に身をゆだねる。もちろんルールもある。街で殺人を起こせば手配度が上がって警察に追われるし、”悪人”になればなるほど、特殊部隊や軍隊に追われることになる。たしかにGTAの世界は、現実と錯覚するほどリアルだし、自分だけのコミュニティをつくることもできる。けれど、ここで”静かに演劇を鑑賞しよう”なんてやつは、いるはずがない。ましてや「ブルーマンショー」でもなく、古くさいハムレットなんて。
しかし、サムとマークはそうは思わなかった。2021年のロンドンでは、ほかの国と同じく、新型コロナウイルスのパンデミックで多くの劇場が閉ざされていた。仕事を失った彼らは、やけくそな気持ちのまま、GTAで気晴らしをしていた。いつもどおり車を盗み、”Impotent Rage(インポマン)”という自称スーパーヒーローが描かれたスロットマシーンを楽しんだあと、何気なく散歩をしていると、広い野外ステージに行きあたる。「ここ、いいね! 何かできないかな?」と叫ぶサム。「たとえば……ハムレットとか?」。そんな小さな思いつきから、すべてが始まった。クライムゲームの中で劇団員を募り、”本物のハムレット”を上演する。こうして生まれたのが、かつてないほどユニークなドキュメンタリー「GRAND THEFT HAMLET」だ。
監督のサム・クレーンにとって、これは初めての監督作品だという。ふだんは俳優として活動していて、たしかに出演作にはハムレット劇が多い。共同で監督を務めたのは、ドキュメンタリーの作り手ピニー・グリルズだ。相棒のマークも、スターとは呼べない、地道に舞台に立ってきた俳優である。だからこそ、この作品が生まれたのは、奇跡に近かったのかもしれない。顔にレンジャー風の刺青を入れ、髪型をGIカットでばっちり決めたイケイケなアバターを使うサムと、現実と同じように、リアリティがありすぎる地味なアバターを使うマーク。一見正反対のふたりだが、”ハムレットが大好き”という一点で、深くつながっている。先の見えない現実を生きながら、彼らがすがったもの。それが「ハムレット」であり、「GTA」だったのだ。
これはドキュメンタリーだが、”許される演出の幅”が実に広い。現実を撮る普通のドキュメンタリーでは、撮影のためにビルを建てることも、飛行機を買うこともできない。けれどGTAの中では、それができる。「オッケー、リハーサル用に超巨大な飛行船を用意したから、その上でやろう」とか、「このプロジェクトのために、エルシノア城(ハムレットの舞台)という名前の会社を設立したよ」とか、そういうことがいくらでもできる(そして、そのすべてをロケットランチャーで爆破することもできる)。
ひとつの劇を、みんなで協力してつくりあげていくドキュメンタリーは、ほかにあっただろうか。そう考えて、ひとつだけ思いあたるものがあった。ジョシュア・オッペンハイマーの「アクト・オブ・キリング」だ。1965年から66年にかけてのインドネシアで、”共産主義者”とされた人々が大量に殺された虐殺を、実際の加害者たちに演じさせるという、実験的な作品である。もちろん「GRAND THEFT HAMLET」に出ているのは普通の人たちで、犯罪者はいない。ただ、舞台装置にした「GTA」が、「アクト・オブ・キリング」に負けないほど、殺人と犯罪があふれるクレイジーな世界だというのは、面白い共通点だ。そして、まともなハムレットを演じようとしても、どうしてもクレイジーな芝居に見えてしまうところも、よく似ている。
途中で、サムはやけになる。劇団員はまったく集まらないし、集まってもすぐに銃で殺しあう(ゲームの仕様だからしかたがないが)。ランチャーで車ごと吹き飛ばされる。何も前に進まないことに、焦りが募っていく。「あのさ……僕は参加できないや。現実の世界で仕事が決まったんだよね。だから、ごめんね」。演技力に惚れこんでいた参加者のひとりが去っていった瞬間、サムの心の糸が、ぷつりと切れた。「もうやめよう! 俺たちはいったい何をやっているんだ。仕事もない、未来もない。そんななかで、朝から晩までゲームばかりして……」。そう叫ぶサムに、マークが返した言葉が、心に突き刺さる。「お前はまだいいんだよ。彼女もいるし、家族もいるだろう。僕には、もう誰もいないんだ。来週(もちろん現実の世界で)、姉の葬式があるんだけど、彼女が、僕にとって血のつながった最後の家族だったんだよ」。仮想世界の馬鹿騒ぎとは正反対の孤独のなかを、マークは生きていたのだ。
「生きるべきか、死ぬべきか」と問いつづける個性的なアバターたちは、爆撃と銃弾が飛びかうデジタルワールドの中で、はたしてハムレットを上演できるのだろうか? 2024年のSXSW映画祭でドキュメンタリー長編部門の審査員大賞を受けた「GRAND THEFT HAMLET」は、まったく新しい手法でシェイクスピアを描きだそうとした、挑戦的な試みだ。コミカルで愛すべきキャラクターたちのおバカな姿を見ながら、きっと深く感動するだろう。ポリゴンで描かれた悪党たちが演じる姿を見て、涙が浮かんできたのなら、あなたもデジタルワールドに入る準備はできている。ようこそ、GTAのエルシノア城へ。

