129年前に存在していた西アフリカのダホメ王国。フランスはこの地を植民地化し、7000点以上の美術品を略奪していった(アフリカ全土では九万点を超えるとも言われる)。 それから時が経ち、現在のマクロン大統領はその中から26点だけを、かつてのダホメ王国であるベナンへと返還することを決めた。そして2012年11月9日、「彼ら」は箱に入れられ船に載せられ、パリから故郷へと旅立っていった。セネガル系フランス人女性監督マティ・ディオプは、この歴史的な瞬間を幻想的なドキュメンタリーとして見事に描き出し、2024年ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞。この68分の名作『Dahomey』は、暗闇から抜け出した「亡霊たちの声」にはじまり、最後は未来へと繋がる若い世代へとバトンが渡ってゆく。
ウォリー・バダロウによる幻想的な音楽が作品全体を包む。MASSIVE ATTACKの「Daydreaming」ネタとなった名曲「Mambo」を作ったことでも知られるベナン出身のフランス生まれのバダロウは、世界中のさまざまなパフォーマーとのセッションなどで知られるミュージシャン。彼の音楽に乗せて「亡霊の声」が幻想的に響く。「130年の深く暗い夜が終わります。知らない場所の夢の中で我を失い、壁と一体になっていました。まるで死んだかのように、生まれ育った土地から切り離されて。何千人が、皆同じ傷を負いました。なぜ本当の名前で呼んでくれないんですか?26番は名前ではありません。」26番とは、”彼”につけられたシリアルナンバーだった。
忙しそうに輸送の準備をする学芸員たちが、腕を振り上げたゲゾ王の立像を囲んでいる。破損状態などが調べられた後に木の箱へと収められる。隣にある魚のような頭部をした立像は、ダホメ王国最後の王ベアンジン。鮫の鎧を纏いフランス植民軍と戦う。「サメは激怒した、そして海は曇ってしまった」。しかし、その甲斐なく敗北。町に火を放った上で北に逃れたが逮捕。妻4人とともにガボンに流刑、その後アルジェで死亡している。

この映画の後半では、届けられた26体の美術品がミュージアムに陳列され、それを見た人たちがさまざまな意見をぶつけ合う。興奮して涙を流したと言う女性もいれば、冷ややかな反応で一蹴する若者もいる。「アバターやディズニーを見て育った現代のベニン人たちが、フランスによって盗まれた美術品たちのことを気づくことは難しかった」と研究者らしき若い男は指摘する。何世紀にも渡って、自分たちの文化、遺産、そして魂が海を超えて奪われてきたことに、気がつくことができなかったと。学生が問う。「社会科学の時間で先生が”たくさんのもの”が奪われてきたと教えてくれましたが、”もの”とはなんなのか、今まで考えたこともありませんでした。それがこのような宝物だったとは」。130年ぶりに突然何かを返されたら、戸惑うのは当たり前のリアクションだろう。これらについて「何も感じることがない」という人もいる。
ある男性の言葉に拍手喝采が起こった。「90%の遺産が盗まれたと言いますが、それは正しくない。なぜなら文化遺産には物質的ではないものもあります。ダンスや伝統やノウハウのように物質ではない遺産は、すべてこの国にちゃんとあるんです!」
これが単なるマクロン大統領が人気取りのためにやった政治パフォーマンスでしかないという人もいれば、ベナンのタロン大統領がやったことを中傷してはいけないと言う女性もいる。その中で次の言葉が印象的だった。「気づいてください、これは過去の反乱の現実化なのです。ビオ・ゲラ、ベアンザン王、そしてアマゾンたち。今日私たちが、自らのアイデンティティに向けて行進する一歩を達成するために集結した、エネルギーだったのです」。
そしてシーンは変わり、美しい夜の海岸で居眠りをする人たちを優しく見つめるように、亡霊たちの深い声が響く。実に幻想的だ。「美術館の電気が切れ、声がする。また夜。大西洋、傷ついた海岸。光があなたを包み込みますように。私は歩く。私はもう文明世界の洞窟に投獄されたことを思い悩むつもりはありません。私の中で響きわたる無限の中で、私は歩く。もう決して、止まりません。」
この作品はドキュメンタリーだが単なる記録ではない。作品の素晴らしさを決めるのは「描かれた世界をどれだけ深く感じさせるか」であるとするならば、そこに生きていた過去の王たちと、囚われた七千体の亡霊、そして26体を受け継いだ若者たちが描く未来。その全てを美しい映像と音楽で描くことができたマティ・ディオプだからこそ、世界的に評価をされたのに違いない。
