西アフリカに栄えたダホメ王国。1892年、フランスはこの王国を攻め落とし、植民地にした。そして、7000点を超える美術品を持ち去っていった(アフリカ全体では、9万点を超えるともいわれる)。それから時がたち、フランスのマクロン大統領は、そのうちのわずか26点を、かつてのダホメ王国、今のベナンへ返すことを決める。2021年11月、”彼ら”は木の箱に収められ、パリから飛行機で故郷へと旅立っていった。セネガル系フランス人の監督マティ・ディオプは、この歴史的な瞬間を幻想的なドキュメンタリーとして見事に描きだし、2024年のベルリン国際映画祭で金熊賞を受けた。68分の名作「Dahomey」は、暗闇から抜けだした”亡霊たちの声”に始まり、最後は、未来へとつながる若い世代へと、バトンが渡されていく。
作品全体を包むのは、ウォリー・バダロウの幻想的な音楽だ。マッシヴ・アタックの「Daydreaming」がサンプリングした名曲「Mambo」でも知られる、パリ生まれでベナンにルーツをもつバダロウは、世界中のさまざまなアーティストとのセッションで知られる音楽家だ。その音楽に乗せて、”亡霊の声”が幻想的に響く。ハイチの作家マケンジー・オルセルが書いた言葉だ。「130年の、深く暗い夜が終わります。知らない場所の夢の中で我を失い、壁と一体になっていました。まるで死んだかのように、生まれ育った土地から切り離されて。何千もの者が、みな同じ傷を負いました。なぜ、本当の名前で呼んでくれないのですか? 26番は、名前ではありません」。26番とは、”彼”につけられた番号だったのだ。
忙しそうに輸送の準備をする学芸員たちが、腕を振りあげたゲゾ王の立像を囲んでいる。傷みの具合などが調べられたあと、像は木の箱へと収められていく。隣にある、魚のような頭をした立像は、ダホメ王国最後の王、ベハンジンだ。鮫の鎧をまとって、フランスの植民地軍と戦った王である。「鮫は激怒した、そして海は曇ってしまった」。しかし、その甲斐なく敗れる。町に火を放って北へ逃れたが捕らえられ、妻たちとともに、カリブ海のマルティニークへ流された。その後アルジェリアに移され、その地で亡くなっている。

映画の後半では、届けられた26点の美術品が美術館に並べられ、それを見た人たちが、さまざまな意見をぶつけあう。舞台は、ベナン南部のアボメー=カラヴィ大学で開かれた、学生たちの討論会だ。興奮して涙を流したという女性もいれば、冷ややかに一蹴する若者もいる。「『アバター』やディズニーを見て育った今のベナン人が、フランスに盗まれた美術品のことに気づくのは難しかった」と、研究者らしき若い男性は指摘する。何世紀にもわたって、自分たちの文化、遺産、そして魂が、海を越えて奪われてきたことに、気づくことができなかったのだと。学生が問う。「社会科学の授業で、先生は”たくさんのもの”が奪われてきたと教えてくれました。でも、”もの”とは何なのか、今まで考えたこともありませんでした。それが、こんな宝物だったなんて」。130年ぶりに突然何かを返されたら、戸惑うのは当たり前の反応だろう。「何も感じない」という人もいる。
ある男性の言葉に、拍手喝采が起こった。「遺産の90%が盗まれたと言いますが、それは正しくない。文化遺産には、物ではないものもあるからです。ダンスや伝統やノウハウのように、物ではない遺産は、すべてこの国にちゃんとあるんです!」
これはマクロン大統領の人気取りのための、政治的なパフォーマンスにすぎないという人もいれば、ベナンのタロン大統領がしたことを中傷してはいけないという女性もいる。そのなかで、次の言葉が印象的だった。「気づいてください。これは、過去の抵抗が、今、実を結んだものなのです。ビオ・ゲラ、ベハンジン王、そしてアマゾンたち。今日、私たちが自らのアイデンティティに向かって一歩を踏みだすために、集まってくれたエネルギーだったのです」。
そして場面は変わり、美しい夜の海岸で居眠りをする人たちをやさしく見つめるように、亡霊たちの深い声が響く。実に幻想的だ。「美術館の灯りが消え、声がする。また、夜。大西洋、傷ついた海岸。光が、あなたを包みこみますように。私は歩く。私はもう、文明世界の洞窟に閉じこめられていたことを、思い悩むつもりはありません。私の中で響きわたる無限の中を、私は歩く。もう、決して止まりません」。
この作品はドキュメンタリーだが、単なる記録ではない。作品のすばらしさを決めるのが、”描かれた世界を、どれだけ深く感じさせるか”だとするならば。そこに生きていた過去の王たち、囚われた7000の亡霊、そして26点を受けついだ若者たちが描く未来。そのすべてを、美しい映像と音楽で描くことができたマティ・ディオプだからこそ、世界的に評価されたに違いない。

