いつものようにBBCのNewshourを聴いていたら「…私は今、ポーランドのアウシュビッツにいます。人類史上最も悪名高い死の工場です」と、聞き慣れたティム・フランクスの声が。そうか今年の1月27日はソ連軍によるアウシュビッツ解放から80周年にあたるのか。日本のテレビではほとんどやらないので全く気が付かなかった(むしろ日本では、フジテレビ怒りの10時間会見が話題なっているだけだ)。
ホロコーストの生存者たちはすでに80代以上になり、大量虐殺と反ユダヤ主義という恐ろしい犯罪を後世に伝えるのが難しくなっている。民族全体を抹殺しようとしたナチスの炎により約600万人のユダヤ人が殺されたのだ。少なくともこの日だけは、8月6日の広島原爆の日と同じように、深い黙祷を捧げ、じっと過去に耳を澄まし、それぞれが2度と起こさないように答えを見つめることに、時間を使うべきである。
そうだ、BBCのティム・フランクスやレベッカ・ケスビーたちが届けてくれた内容をここで紹介しよう。考えるヒントになるはずだ。ニュースではまず、追悼式典の模様が伝えられた。式典で流された音楽を作ったのはアウシュヴィッツで非業の死を遂げたピアニスト、ジェームズ・サイモン。彼は1944年10月に列車に乗せられ、そのままガス室に運ばれて殺された。彼のように悲しい結果になる人がほとんどだったが、脱出が叶った人たちもごくわずかだが、いた。その一人が95歳の女性トーベ・フリードマン。彼女は式典で力強く演説をする。

「当時私は5歳半で、スタホヴィッチ労働収容所にいました。そこで小さなともだちが皆連れられ死に追いやられるのを隠れながら見ていました。誰もいなくなった後、世界に残されたユダヤ人の子供は自分だけなのだろうかと考えていました」と語るトーベ。それから母親と共にアウシュビッツに向かう列車に乗せられ、”ユダヤ人である”という理不尽な罪が与えられ、そこから辛い経験が続いたという。
そして儀式は進み、アウシュビッツだけで殺害された百万人以上のユダヤ人のためにユダヤ教の祈りエル・マレイ・ラチャミムが詠み上げられた。番組は場所を変え、建物の中へ入ってゆく。ガイドは20年以上ガイドを続けているミロスラフさん。「長さ20メートルほどのこの展示が一番衝撃的です。そこには刈り取った女性の髪の毛が2トンもあります。ここで起きた非人間性なものを、最も身近に感じることができます」。ユダヤ人たちは小さな洗面所で服を脱ぎ、一度に数百人がガス室に詰め込まれたという。天井に小さな四角い穴があり、そこからドイツのシアン化物系殺虫剤ツィクロンBが投下され、それが蒸発するとそこにいる人々は窒息し、死にいたる。約30分。その後は火葬場へ引き摺られていくのだと言う、ミロスラフさん。「私たちは過去から学ぼうとしない。これが問題なのです」と言う。人々が忘れないようにとガイドを続けている彼の言葉は、じっとりと重い。
そしてニュースはヘッドライン紹介タイムに移行し、中国が開発した最新AIにより米国のハイテク株が急落した話や、ルワンダ軍がM23反乱軍を支援しているニュースが紹介され、その後、もう一人のアウシュビッツ生存者の女性ミンドゥ・ホルニク95歳ののインタビューが流された。「列車が止まり、ものすごい音がして客車が放たれ、大群の人々が通り過ぎた。ナチス親衛隊が歩き回り、大きな犬が吠えていた。私たちは手を振ったのが、母を見た最後だった」。特集の最後はアラン・リトルによるリサーチを元に進められる。彼は、ホロコーストがどのように記録されてきたか、戦後処理などについて調べてきたという。アウシュビッツは巨大な収容所ネットワークの一つに過ぎず、そこには「産業的殺戮」があったという。の規模を直視させた。綿密な計画による専門作業への分業、毒ガスの調達など、それが何を意味しているのか。ドイツの一般市民たちは、ベールのうちに隠された恐ろしい事実を目撃していったという。「大量殺戮」をまるでルーチンワークのようにこなすモラルの崩壊した日常。加害者たち、これを命じた司令官たち、収容所を運営した者たち。「そこに何が起きていたのか。戦後世界はこのことから目を背けてはいけない」と、アランは言う。
特集の最後は、アウシュビッツを生還したイタリアの科学者であり作家であるプリーモ・レーヴィの言葉で締めくくられた。
「The wound cannot be healed. It extends through time. その傷は治せない。時を超えて広がるだけだ。」