ヘイル・メアリーと相対性理論

January 22nd, 2025 Column

アンディ・ウィアーによるSF小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー(PHM)』はとにかくすごい。ウィアーによる『火星の人』(映画『オデッセイ』の原作小説)も良かったが、PHMには、もっと科学好きを夢中にさせるものがある。破滅に向かう地球を救うべく奮闘するストーリーはよくあるが、人工冬眠のために記憶を失った状態から始まるという、主人公と一緒に謎解きをしているような楽しみ方さえできるのだ。そして、さまざまな科学的挑戦を克服してゆくなかで、別星系からやってきた「異星人」と遭遇する。実はここからがこのドラマの見どころであり、記憶を取り戻しながら進行する二つの時間軸の物語が、幾重にも絡まりながら壮大に広がってゆく。

ただ、どう考えても納得できない部分がある。科学的にこの物語を楽しんでいるたくさんのファンがいるのも事実だし、PHMの舞台となる星系を実際に調べている人までいるのは知っているが、それでも自分には全く方法がわからないエピソードがひとつだけある。それは、主人公のライランド・グレースが、友達になった宇宙人ロッキーに「特殊相対性理論」について教える、というくだりである。

「特殊相対性理論」とは、かの有名なアルバート・アインシュタインが発見し定式化した宇宙を説明する方程式であり、相対性原理と光速度不変の原理という二つの原理がある。詳しいことは検索してもらえば出てくるので割愛するが、僕がひっかかっているのは「光速度不変の原理」である。これが正しくないと言っているのではなく、「本当にこの原理を宇宙人ロッキーに説明ができたのか」、である。なぜそう思うのかって?それは、宇宙人ロッキーには「目がない」からである。彼らは高度に聴覚が発達した種族であり、「目で見る」ということはできない。イルカがエコロケーションで世界を把握すると同じ原理で、彼らなりに”見ている”、という設定になっている。「光の速度が一定」という大原則を説明する上で、「モノを見るための光」を知らない種族に、どうやって「それが一定」という原理を説明すればいいのだろう。もちろん主人公グレースは学校の先生なので的確な表現を考えだしたのだろうが、「ロッキーに説明するには数日かかった」という感じの説明があるだけで、その内容は書かれていない。すごく気になるのである。

このようにアンディ・ウィアーの物語は、人それぞれ、様々な角度から眠れなくなるほどに引き込まれるのである。長編はだいたい読んでしまったが、調べてみると『乱数ジェネレーター』なる短編作品もまだあるようなので、それが納められた『フォワード 未来を視る6つのSF』(ハヤカワ文庫SF)を早速購入。光速に近い速度で移動するロケットに乗って読んでいるうちに、相対性理論のおかげで一年ぐらいすぐに経つかもしれない。そうしたらロケットを降りるときには、映画化された『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観ることができるかもしれない。