2025年4月5日より、フィリピン映画シーンの最先端をゆく時代の寵児ティミー・ハーンによる長編劇映画『ウリリは黒魔術の夢をみた』が、世界的パンデミックで上映が危ぶまれた中、満を持して日本初上陸する。本作は、白石和彌監督やグザヴィエ・ドラン監督など次世代を代表する新人監督にフューチャーしたロッテルダム国際映画祭のBright Future部門に正式出品されたお墨付きだ。
物語の始まりは、ピナツボ火山の大噴火を自分たちの手で起こしたと信じるカルト集団。 彼らの黒魔術に導かれ命を日本車 ギャランに捧げた狂信的な母カルメンは、アメリカ人男性との間に生まれた赤ん坊に《プロのバスケ選手となりNBAで活躍する》という運命を捧げる。赤ん坊はスーパースター から名を借りて「マイケル・ジョーダン・ウリリ」と名付けられ、才能あるバスケ選手に育ちNBA行きの切符を目前にするも、悪夢の様な出来事が次々に立ちはだかり…。一見奇抜に見えるストーリーだが、ここにはフィリピンが大きな影響を受けたアメリカ占領時代の歴史と、その中で生まれた「アメリカン・ドリーム=バスケットボールでの成功」という図式があることを知ると、理解もしやすくなるかもしれない。
撮影の舞台となったのは、アジア最大のアメリカ海軍基地の跡地にできた経済特区スービック。マニラから車で3時間程の距離にあるこの街は、かつてアジア最大のアメリカ海軍基地があり、今なおアメリカの匂いが色濃く残る街だ。映画の中で主人公ウリリの父親アーヴィングはこの基地に米軍として赴任し、当時基地を出入りしていた同じく主人公の母親カルメンと出会い、ウリリを宿した。しかし1991年のピナトゥボ火山の大噴火でこの基地は壊滅的な被害に遭い、フィリピンへの基地返還も重なるなかアメリカへ帰国したという実際に起きた歴史的背景が映画のストーリーと重なっている。
1991年に襲ったピナツボ火山大噴火がきっかけでフィリピンへ基地が返還されたという背景を持つ、アメリカとフィリピンとのエディプス的な関係性を象徴する場所スービック 。そこが火山という原始的なパワーで破壊されたという事実は、当時フィリピン全土に大きな衝撃を与えた。フィリピンに深いアイデンティティを持つネイティブな才能たちは、その衝撃さえもユニークな映画へと昇華させ、エンターテインメント中心のなかで新しいシーンを作り始めている。例えば社会問題をファンタジックに描いたアニメ作品のカール・ジョセフ・パパ(『行方不明』OAFF2024)や、「闘鶏」というモチーフを通してフィリピン社会の闇をドキュメンタリーで斬るブライアン・ブラジル(『Lost Sabungeros』QCinema2024)。そしてユニークなアート表現に挑戦しているのがティミー・ハーン。全編フィリピン語のタガログ・パワー漲る若さ溢れる「アフター・ピナツボ」ムービーが、ここに爆誕する。