text by Asako Tsurusaki
translated by Aiko Nagai

抑圧されたフィリピン人の哀しみを、史実と夢想を織り交ぜて激しくも美しく描く新鋭の映像作家、Jet Leyco。2008年よりビデオアートやドキュメンタリーの制作を始め、短編”Patlang”や長編”Ex Press”がロッテルダムや韓国(全州国際映画祭でSpecial Jury Prizeを受賞)、またロッテルダムやエジンバラ、モントリオールなど国際的に高く評価された。

彼の長編デビュー作となった”Ex Press”は、監督自ら乗り合わせたフィリピン国有鉄道の事故を撮影したルポルタージュ的な風景と、両親から聞いたフェルディナンド・マルコス政権の抑圧された時代の”記憶”を再現した映像が絡まった作品。立ち往生した国鉄が象徴しているのは、単なるレイル・システムや線路自体の脆さだけではなく、それは過去から現在まで続いているフィリピンの民主化を妨げる社会や政治のシステムをも意味しており、戒厳令が齎した抑圧された人々が、”記憶”だけでなく今も生き続いていることを、監督は力強く問いかけてくる。

「フィリピンでは、長い時間をかけてもレイル・システムがなかなかうまくいきません。それは賄賂を初めとする色んな問題で政治が停滞しているので、進まないことを表しています。これは、フィリピンの政治と同じことを表しています。”何度繰り返しても、間違ったことばかりしている”という点です。1980年代のマルコス政権の時代、フィリピンにマーシャル・ロー(戒厳令)が敷かれました。この政治不変の時代において、警察や軍隊は戒厳令の手下であり、民主化や近代化を妨げる要因やメタファーとなりました。これは、”Ex Press”の中で石を投げて工事を妨げているしたシーンとシンクロしています」。

続く新作は、戒厳令の時代を描いたフィクション”Bukas Na Lang Sapagkat Gabi Na(Leave it tomorrow for night has fallen)”。”紛争”や”親子”などいくつかのパートに分かれているオムニバス形式で話が流れてゆく。突然悲劇に落とされてしまう花嫁や、時代に抑圧された同性愛の兵士達、人体実験の部屋、異常性癖を持つ父と畏怖しながらも興奮を抑えきれない息子。そして内戦が生んだ屍体の山と、最後に行われる復讐…。息が詰まりそうな濃く美しいジャングルを背景に、人間達の哀しみと混乱が淡々と描かれていく。しかしそこにあるのは”被害者達”への鎮魂ではなく、過去の過ちを繰り返してはいけないという警鐘だとJetは語ってくれた。彼の特徴である、色を抑えたカラーとモノクロの風景が交錯する特徴的な映像が、その鍵だと言う。

「この作品は、マーシャル・ローの時代について、僕の印象や想像を元にしたフィクションです。モノクロとカラーの融合は、過去・現在・未来という”時間”を表しています。つまりこの作品で描かれた出来事は、今でも起こるかもしれないし、過去に起こったことかもしれないし、将来起こるかもしれない。フィリピン人はこれまで何度か間違いを犯しましたが、そのことをすぐ忘れてしまい、過去から学んでいません。現在、ネットの世界でマルコス政権の時代を賛美している人達が現れてきています。何故かというと、息子のマルコス・ジュニアがいま政治家になっていて、もう一度大統領になろうとしているからなんです。僕は、フィリピン人がマーシャル・ローの時代を忘れてしまって、またあの過去に戻ってしまうのではないかと危惧しています。歴史は繰り返すものです。そこから何かを学ぶまでは、何度も同じことが起こってしまうのです。そういうことを、この表現で表したいと思いました」。

また本作中の銃撃戦のシーンではファミコンの音が使用されている。監督曰く、これは70年代のSFの銃の効果音とアタリ/任天堂のゲームセンターで使われていたミサイル音だと言う。「僕はこの音を使って、当時の暴力性を強調し、退廃的だった10年間を表現しようとしました。それにこのエンターテインメント性が強いファミコンという道具は、LSDにも似た中毒性のあるドラッグみたいなもので、若者の自由時間をどんどん蝕みます。このサウンド・デザインが象徴しているのは、当時のコントロールされた環境から抜け出そうとしている意志を意味しているのです」。

高層群が立ち並ぶマニラの首都圏マカティ市出身Jet Leyco。「マニラは、色んな”機会”がある場所だと思います。僕はここが好きで、ここにずっといたいと思っています。この国や自分の周りのことについて作品を撮りたいから、ずっとマニラで活動するつもりです」。Cinemalayaを始め、「第三の波」として世界中の映画業界人から注目されている現在のフィリピン映画。ブリランテ・メンドゥーサやラヴ・ディアスに続く、世界的に活躍する若き映像作家のこれからがとても楽しみだ。


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Jet Leyco:
1986年、マニラ生まれの映画監督。ロッテルダム国際映画祭や全州国際映画祭を始めとした世界中の映画祭で作品が上映されている。長編第2作『Leave It for Tomorrow for Night Has Fallen』はフーベルト・バルズ・ファンドから脚本助成を受けた。
http://vimeo.com/jetleyco